〓ナカヤマコラム〓

 
そして思いは潰えた
No.381 [ 2009/01/11 (sun) 22:39:57 ]
 
伝説の男「カワモト」エピソード7「野球部内派閥誕生」
 
野球部の朝練は基本的に自由参加で、ランニングやティーバッティングなど軽めのメニューを各自でこなすというものだった。
 
自分や「カワモト」を含めた野球部同級生4人は自由参加という言葉の意味をいいように受け止め、朝練にはほとんど参加せず授業の予習や小テストの対策をしていた。
 
部員の中にはそれをよく思っていない者もいた。「インテリ組は大変やなぁ」とか「もっと練習して上手くなる気はないんか」という皮肉を言われているという噂も流れた。
 
そこで「勉強組」4人で派閥を結成し、「朝練組」に対抗しようとした。
 
派閥名は「カワモト派」。当時の政治ニュースで「自民党○○派のだれそれが…」というフレーズをよく聞いたのでそう名付けた。
 
長たる器の全くない「カワモト」が突然派閥のトップになった。しかも「カワモト」は派閥の中でも比較的朝練には参加する回数も多かった。
 
派閥メンバーは「カワモト会長」に朝練に参加するか勉強するかどうかの意向を伺う。「カワモト会長」が朝練に参加すると言ってもメンバーはそれに従う必要はなく、個人の意思が尊重された。「カワモト派やのに誰も言うこと聞かへんわ!」と「カワモト会長」がぼやいていたのを思い出す。
 
派閥内で流行った歌があった。当時最高潮だった「プッチモニ」の「Baby恋にknock out」の替え歌「オブッチモニ」の「Baby脳梗塞にknock out」というものだった。
 
首相在任中に脳梗塞で亡くなった小渕元首相のことを替え歌にしたもので、不謹慎極まりない歌詞だったが「カワモト会長」は大いにウケていた。
 
この「カワモト派」、実際は「朝練組」と争ったりすることもなく、その場のノリで結成したオタクカルテットのようなものだった。
 
しかし、いまだに「旧カワモト派」として会食をする機会もあるので気心知れた仲の良い4人であるのは間違いない。
 
つづく
 
 

 
まさか…いや、信じたくない!
No.380 [ 2009/01/11 (sun) 21:17:35 ]
 
伝説の男「カワモト」エピソード6「カワモト流危険物取扱」
 
家庭科の授業で豆腐を作り、その課程で出来たオカラは各自持って帰ることになっていた。
 
それから3ヵ月の月日が経った。
 
ある日突然、強烈な異臭が野球部部室内に充満するようになった。
 
原因は野球部の誰かが家に持って帰ることなく部室に置きっぱなしにしていたオカラだった。
 
ビニール袋で密閉されているにも関わらず、異臭を発生させていたオカラを捨てようとする者はいなかった。
 
「俺が処分してやるわ!」
 
誰もが嫌がる中「カワモト」が処分係に立候補した。
 
救世主の登場に部室内は沸き立った。
 
「カワモト」はトングでオカラ入りビニール袋を引きずり出した。そしてそのまま部室内のゴミ箱に捨てた。
 
異臭はおさまることなく、部室の外に出してくれると思っていた部員一同は大ブーイング。
 
それを聞いた救世主はとんでもない行動に出た。
 
再びトングでゴミ箱からオカラ入りビニール袋を取り出し、部室の床に置くと助走をつけてビニール袋を蹴った。
 
ビニール袋は部室入り口にある下駄箱に直撃し破裂。腐乱したオカラが体育館シューズや校内用スリッパに付着した。
 
救世主が悪魔になった。
 
それからしばらく、野球部部室付近は通る人が思わず鼻を覆うほどの異臭が漂い、制汗スプレーや芳香剤で臭いを誤魔化して部室を利用することになった。
 
つづく
 
 

 
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